【開封】By Terry(バイテリー)アドベントカレンダーの中身紹介【ルックファンタスティック】

【前編】言葉の才能を生かすには、どの時点で勇気を出せばよかったのか【ドイツ#26】

 

家族や友人など、身近な人に喜んでもらえるぐらいの才能なら誰しも持っている。私は結構本気で、そう思っている。友人、知人を思い浮かべても、料理が上手い、楽器が上手い、絵が上手い…など、どんな人にも何かしらの得意分野が思い当たる。ただそれをお金に変わる「商品」として世に出す人はそこまで多くないのかもしれない。

 

私の場合は、こんな風に言ってしまうのは恥ずかしい気もするけど、文章を書くことだと思う。そのことは中学生の時には自覚していた。ものすごく読書家である訳ではないし、特に練習もしていないのに作文や読書感想文はやたら褒められる。国語の先生にも、友人にも、親にも。コンクールがあれば選ばれるし、中学生の頃は自分でも自分に酔ってしまいそうなほど上手く書けたなと思うこともあった。高校は実力より随分上の進学校に入ってしまい勉強面では落ちこぼれだったけど、秀才たちの中においても学級日誌や卒業時の文集、あとはあまり記憶にないけどブログのようなものも好評だった気がする。

 

大学はメディア・報道関係の学科に入って、一番文章で表現をしていた時期だと思う。深夜のノリで書いたmixiの日記。部活(オーケストラ)の有志で作った文集。課題で提出したレポート、エッセイ。どれも、今見返したら理性より感性が先走っていて未熟で恥ずかしい作品のはず。(まぁだいたい消してしまったんだけど)でも、文章から興味を持ってもらえることや恩恵を受けることは多かった。文章の力を使うとどこか特別な場所に行けた。私は話している時のテンションが高めなので、書き言葉だとこんなに真面目なトーンなの、みたいなギャップもあるのだと思う。

 

…って、学生時代の自慢話を書きたい訳ではないのですよ。問題は、文章が自分の強みであると自覚しておきながら、社会に出る時にそれをほとんど生かせていなかったこと。どこでどう判断を間違えて、こんなに土の中にこもっていたのか…過ぎ去った10代、20代を思うと、なんて遠回りをしたのだろうという感想しかない。今33歳だけど、28、29歳あたりでやっと文章を書くことを仕事にするために行動を起こし始めた。

 

私にはできないことが多い。車の運転も、理系科目も、エクセルも、家具の組み立ても、絵を描くことも…と、できないことだらけ。そんな私に与えられた数少ない才能が文章を扱うことだったのに、なぜ素直にその道に進めなかったのか。疑問だし、とても悔しい。この記事では、言葉を扱う仕事を選ぶ難しさや、人生観が変わったターニングポイント、実際にブログを始めてからの心境についてまとめてみたい。

 

 

「言葉を扱う仕事」は個人情報を晒す勇気がいる=集団との相性が良くない

文章を書くことは、自分を表現することといってもいいと思う。自分の身に起きた事、沸き起こった感情、自分が手にしたもの、手にできなかったもの…などについて書く。つまりそれは個人情報を全面に出していくということ。その勇気のない文章は当たり障りがなさすぎて、何にも面白くない。ただ、自分を出せば出すほど恥ずかしいことでもあるし、出し方次第で良くも悪くも見えてしまうから、匙加減も大事だと思う。

 

面白いものを書くには自分をさらけだす勇気が必要。しかしそれは、学校生活や部活などの集団生活との相性がことごとく悪い。私が書いたものを「面白い」と言ってくれる人もいれば、言葉には出さなくても鼻につくとか疎ましいと思っていた人もいたかもしれない。面白いものを書きたいという気持ちと、こんなことを書いたら嫌われないかという気持ち、そのふたつを天秤にかけながら書く癖がついた。

 

友達は多い方だったし、ずっと部活という密な集団行動をしていたし、その環境の中で「書きたいことを書く」に全振りしてしまう勇気はなかったなと思う。本当に若い時からプロの書き手を目指すのであれば、集団行動などしない方がよかったのか?という思いもあるけれど、たったひとりで孤独に生きていたって人の気持ちなんてわからないし、若い時は人に囲まれている方が魅力的に見えた。

 

 

就職することしか頭になかったし、起業や作家を目指すことなんて考えられなかった

大学受験までは頑張ったけれど、そのさきの就職となると全くイメージができなくて、授業と部活と遊ぶ予定とバイトでスケジュールを埋めまくってる大学生活だった。大学時代は階段の踊り場と言ってもいいかも、それぐらい上に進んだ実感が、振り返るとあまりない。先のことをちゃんと考えている大学生であれば、マスコミでインターンをしてみたり、ブログを頑張ったり、小説を公募に出してみたりと実績を作ることをするのかもしれない。ただ私はそこまで頭が回らず、流されるままになんとなく忙しい日々を送って、たまに好きなものを書いて、といった生活だった。

 

大学3年生になったら就活をして就職をすることが唯一の道だと思っていた。就職をして会社員として書くスキルを生かすとなると、マスコミなどの超高倍率の就職試験を突破しなくてはならない。しかし就職浪人までしたけど出版社などは全て落ちてしまい、結局書店チェーンに就職することになった。みんなが大学を4年で卒業していくところを、就職浪人をして出版業界を目指したのは当時の私としてはものすごく勇気を振り絞ったことだった。

 

書店も希望していたので就職する時点では乗り気だったし、辞めてしまったけれど勤められてよかったなという思いは今でもあるけれど、文章力が生きる職場でないことは確か。私が就活をしていた2010、2011年当時は、今ほどウェブメディアなどはない時代だった。2回目の就活はちょうど東日本大震災の時で、地震の日を境に全ての予定が延期になった覚えがある。2021年現在であれば、ウェブ系のライターで就職するという道がかなりあるから、時代が違えばもっと違う選択肢があったかもしれない。

 

20歳前後の私は、自分が起業をしてみるなんて1ミリも考えていなくて、起業はごく一部の特別な人がするものだという認識だった。今になってみると、就職だけが全てじゃないのになって思うけど。でも、普通に勉強して普通に進学していたら、就職以外の選択肢は思いつかなくて当たり前の環境だった。周りは私よりももっと堅実な選択をする人が多かったし、自分だけが大それた挑戦をしてみようなんていう発想にもならなかった。作家を目指してみる、というのもイメージが湧かないし、そもそも小説などのフィクションを思いつくタイプでもなかった。

 

大学生の時に何か自分が変わるきっかけがあれば、もっと若いうちから仕事について真剣に考えていたかもしれない。でもそれがなかったから、目の前のことをただ楽しんで日々が過ぎていったんだよなぁ。

 

しかしある日を境に、自分の才能をなんとかして使わなくては、と決心するのだった。

 

<後編へ続く>

 

【後編】言葉の才能を生かすには、どの時点で勇気を出せばよかったのか【ドイツ#27】

 

 

アイキャッチ画像:Photo by Evie S. on Unsplash