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【感想】「春にして君を離れ」他人を認める気持ちを持つことの大切さ

 

アガサ・クリスティーの小説「春にして君を離れ」(早川書房)を読んだのでレビューを書いていきます。

このストーリーは一生忘れないだろう、と思うほど印象的で学びの多い作品でした。

 

「友人に絶交されました…」 鴻上尚史が指摘する原因“無意識の優越感”とはーAERA dot. 

↑鴻上尚史さんによる人生相談の記事にとても感銘を受けていたところ、記事内で「春にして君を離れ」を薦めていたので読んでみたくなりました。人の心に寄り添うものすごい人生相談ですのでよかったらぜひ。

 

アガサ・クリスティーといえばミステリー・事件モノが有名ですが「春にして君を離れ」では殺人事件は起きませんしこれといった大きな出来事はありません。

しかし、作品全体を常に薄い恐怖感が覆っているような仄暗さのある作品です。

 

読みやすい、読みやすくないの観点でいうと、とても読みやすいです。すいすい読める文体で、話も複雑でなく、面白くて引き込まれました。

この小説をひとことで言うと「プライドが高すぎる中年女性が、一人旅の途中に自分の人生を振り返って虚無感・孤独感にさいなまれる」話です。

読んでいる間は「あぁ、、自分もこんな風にならないようにしないとな」と身が引き締まる思いでした。

それでは、感想を書いていきます。

 

 

 

人を見下すことの滑稽さ

主人公のスカダモア夫人は3人の子育てを終えた主婦で、夫は弁護士。(夫は農場経営をやりたくて仕方なかったのですが、スカダモア夫人の猛烈な説得により弁護士をやることに…)

主人公の物の考え方がとても高飛車というか、たいていの周りの人に難癖をつけて見下しています。

何か上手くいくことがあれば「私のおかげね、あの人は本当に何もできないんだから」、昔の友人に会ったら「なんとみすぼらしい、私の方が上ね」、、とまぁ終始こんな調子で、現代で言うところのマウンティング女子なのです。

 

弁護士夫人、子供は全員結婚して家を出た、ということでそれなりに自負もあったのでしょう。

しかし、一人旅の帰路で鉄道のトラブルによる足止めを食らって一人で何泊かすることになり、ふと自分の人生を振り返ってみると自分の傲慢さに気づいてしまって最後には反省をし始めます。

 

自分は夫に愛されていない、というか夫は浮気をしていた…

 

見下していた友人や母の方が実はパートナーに愛されていた…

 

愛してやまない子供には、実は疎まれていた…

 

見下していた人たちより、実は自分の方が愚かで孤独でかわいそうな人だったんだ…と気づいてしまいます。

 

何か一つの側面だけを見て、「この人は私より下だ」と早急に判断してしまうことは滑稽だなぁと思いました。

裸の王様ならぬ、裸の女王様。

あまりに自分だけが幸せ!自分だけがすごい!と思いすぎるのはとても怖いことですね。

 

 

理想とプライドが高すぎる状態は危うい

なぜスカダモア夫人がこのような心理状態になってしまったのかというと、「理想とプライドが高すぎる」からだと思いました。

こういう風になりたい、という理想が強くあるのはいいと思うのですが、自分の理想を優先させるあまり周りの人の気持ちを無視して暴走して生きてきたのです。

夫は年齢に比べて老け込んでしまい、嫌々やってる弁護士の仕事に追われて、しまいには他の女性に心を奪われていきました。

 

自分=正しい、他人=ダメ、という思いが強すぎる人は、自分に自信がないのだと思います。

自分の中に認められるものがないと、つい周りの人に攻撃的になり自分の優位性を主張するようになってしまいます。

本当に自分に静かな自信がある人は、周りの人も認められるものです。

 

スカダモア夫人に必要なのは、理想やプライドに見合った自分自身だったのではないでしょうか。

自分自身を向上させることを置き去りにして理想や世間体ばかり追っていたから、現実との乖離に耐えられず周りが見えなくなってしまったのだと思います。

家族の誰もが彼女を変えることもできず、彼女から離れることでしか日々を送れませんでした。

その孤独なさまが、鉄道を待つ間にスカダモア夫人が泊まった中東の荒涼とした宿泊所の風景と重なりました。

 

他人を認める気持ちを持ち、自分が正しいと思いすぎずに生きる

自分が正しい世界とは、誰かが正しくない世界です。

この「自分が正しい」という思想は、ある程度は持っている必要がありますが、強くなりすぎると孤独に陥ります。

すべてが完璧じゃなくてもいいですよね。自分がやることすべてが正しくなくてもいいですよね。

スカダモア夫人が見下していた友人たちは、世間的には不完全かもしれませんが、周りの人に愛され、自分の人生を全うしていたように見えました。

何が正しいかは、本当にわからないものです。

 

私自身にも、スカダモア夫人的な思想は、ゼロではないなと思いました。

人間誰しも自分が幸せになりたいと思うし、他人の成功を見たくない時もありますよね。

ただ、それを追求しすぎると誰かと友好的な関係を築くことはできないし、表面的には友達でも本当の意味では友達ではありません。

 

なるべく他人を尊重できるほど余裕のある自分でいること。

自分だけの力ではなく周りの人のおかげで今があること。

謙虚な気持ちで自分と他人をジャッジしすぎない人でありたいなと、この小説を読んで思いましたね。

海底に沈む錨のように、この小説は自分の心が傲慢な方に傾きかけたら「待った」をかけ続けてくれる存在になるでしょう。

 

 

 

おわりに

内容とは全然関係ないのですが…

「春にして君を離れ」の英訳は「Absent in the Spring」

英訳でも意味することはわかりますが、「春にして君を離れ」この日本語訳の余韻というか流れの美しさはすごいなと思いました。

外国語を勉強していると、日本語特有の表現力に改めて気付かされます。

 

心に残ったフレーズ

 

自分の望む仕事につけない男ーー自分の天職につけない男は、男であって男でないと。ぼくは確言する。もしきみがルパート・カーギルを彼の仕事から引き離し、その仕事の継続を不可能にさせるならば、他日きみは必ず、きみの愛する男が不幸せな、失意の状態に喘ぐのを見て、どうしようもなく苦しまねばならないとね。 (p.190)

 

わたしがこれまで誰についても真相を知らずにすごしてきたのは、こうあってほしいと思うようなことを信じて、真実に直面する苦しみを避ける方が、ずっと楽だったからだ。 (p.250)

 

 

 

 

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